771 Formerly The Strongest, Arriving In The Holy City
聖都へと向かったソーマ達は、拍子抜けするほどあっさりと、その道中を進む事が出来た。
一つ目の村を見つけることこそ多少の苦労はしたが、苦労らしい苦労をしたのはその時ぐらいのものだろう。
そして一つ見つかれば、次を見つけるのは容易であった。
どれほど辺鄙な場所であっても、近くにある村や街のことぐらいならば分かっているからだ。
あとはその中から聖都のある方角に存在している場所へと向かえばいい。
それを繰り返していけば、確実に聖都へと近付いていくことが出来る、というわけであった。
無論最短というわけではないが、焦って最短を目指したところで、結果的により時間がかかってしまうということは十分に有り得る。
今重要なのは確実性の方であった。
また、道中をあっさり進む事が出来たのは、何もなかったからでもある。
ベリタスの時のように混乱があるどころか、諍い一つなかったのだ。
どこもかしこも平和であり、魔物すらろくに現れない。
ソーマ達の道行きは、順調すぎるほどに順調であった。
当然ながら、道中では聖都に関する話の聞き込みを行っている。
だが、少なくとも話を聞いた限りでは聖都に異常はなさそうであった。
聖都から離れた村や街だけではなく、聖都に近付いていってもそれは変わらず、誰の口からも聖都の様子はいつも通りで何の変わりもないという話が聞けるばかりで――
「ふむ……まあ、予想通りと言えば予想通りであるが、やはり異常であるな」
しかしそのこと自体が、異常だ。
ソーマの言葉に、アイナとシーラも頷いた。
「そうね。最初の頃は素直に安心してたけど……ここまで続くようじゃね」
「……ん、皆異常はないっていうけど……誰からも聖都から戻って来た人の話を聞かなかった」
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そう、シーラが言うように、聖都へと向かったという話は聞くのに、聖都から戻って来たという話はまるで聞かないのだ。
なのに誰も彼もが口を揃えたかのように聖都に異常はないと告げる。
今の聖都の様子を知るすべが存在していないというのに、どうして異常がないと言えるのか。
だがまあ、聖都から離れた場所であれば、そんなことがあってもそれほど不思議ではない。
聖都とはあまり関わりないだろうから、異常があるという話を聞かなければ変わりないのだろうと思うのは当然と言えば当然だろう。
しかし、聖都の近くにある村や街などは別だ。
そこに住む人々は聖都と少なからず関わって生きている。
聖都へと向かう人達が立ち寄り、金を落としていくからだ。
無論行きだけではなく帰りもであり、それらは貴重な収入源である。
聖都は勿論のこと、聖都へと行き来する人達の動向を気にしないわけがないのだ。
だがだというのに、聖都から戻って来る人がいないにもかかわらず、彼らには気にした様子すらなかった。
挙句の果てには、口にするのは何の異常もない、という言葉だ。
誰がどう考えても、異常でしかなかった。
「しかも、聖都から一番近い場所にあるあの街ですら、同じだったわけであるからな」
先ほど後にしたばかりの街を振り返り、眺めながら溜息を吐き出す。
確かにあれから十日ほどしか経ってはいないが、それでも普通に考えれば誰かしらは戻ってくるはずだろう。
しかしそれなりの大きさであるあの街ですら、揃いも揃って異常はないと言っていた。
そのことは異常であると同時に、一つのことを思い起こさせる。
「ベリタスの時と、ある意味で似ていると言えば似ているわね」
「……ん、異常を異常と感じてないところが似てる。……やっぱり悪魔?」
「さて……どうであろうな」
「あれ? 違うの? あたしもそうだと思ったんだけど……」
「確かに似ているのであるが、そんなことをして何になるのか、というところがちと分からんのである。異常なのは、聖都に関することを誰も気にしていない、というだけであるしな」
「……聖都の異常を気にさせないため?」
「聖都で何が起こっているのかを気付かせたくない……っていうのは、なんか少し違う気がするわね。少なくとも何かが起こってるんだろうってことは、こうしてあたし達に気付かれちゃってるわけだし」
「……ま、考えても分からんであるし、それよりも先に進むとするであるか。何にせよ自分の目で確かめた方が早いであろうしな」
「……ん、確かに」
先に述べたように、つい先ほど後にした街は、聖都の最寄の街の一つだ。
つまりはここからそう遠くない場所に、聖都はある。
果たしてそこでは何が起こっているのだろうかと、気を引き締めながら、ソーマ達は足を進めた。
そして。
その足を止めることになったのは、それから間もなくのことであった。
それは聖都の姿をようやく見える事が出来たからであり……その光景が目に入ったからでもある。
否……そもそもそれは、聖都の姿を見る事が出来たと言ってもいいものか。
聖都のあるはずの場所には、真っ白い球体のようなものが存在しており、その中は何も見えなかったからだ。
「……なによ、あれ」
「ふむ……聖都を消滅させて代わりにアレが出来た、あるいは、アレが出来たから聖都が消滅した……いや、どちらもどうにもしっくりこないであるな」
「……ん、そもそも、聖都が消滅してるのかが疑問」
「そう言われても、明らかに聖都はないじゃない」
「そうとも限らんであるぞ? あくまでも今は我輩達の目に見えない、というだけであるからな。まあとりあえずは、近寄って確かめてみるであるか」
「近寄って確かめるって……アレに? 大丈夫なの?」
「さて、大丈夫なのかどうかも、まずは近寄ってみないことには分からんであろうよ」
「……ん、確かに」
こちらを攻撃してくるような気配はないが、警戒をするに越したことはない。
周囲の様子を確かめながら、慎重に進み……だが、何かが起こる様子すらもなく、あっさりと間近にまで近付く事が出来た。
「ふむ……逆に拍子抜けするほどであるな」
「別に何も起こらないんならその方がいいでしょ。とはいえ……ここまで何もないと、それはそれで困るわね」
「……ん、結局これが何なのかがわからない」
「これは……何となくではあるが、押し潰したりしたのではなく、聖都を覆っているように見える気がするであるな」
「あー……言われてみれば確かに? 聖都を結界で覆って、真っ白い壁みたいな形で可視化すればこうなるかもしれないわね」
「……ん、つまりこれは、結界? ……それとも、何かで覆って攻撃してる?」
「攻撃、ではないであろうな。嫌な感じはせず、どちらかと言えば守っているように見えるであるし。ただ、結界と言うには随分と強力なものであるようであるから、同種ではあるがより上位のものなのかもしれんであるな」
と、そんなことを言っていた時のことであった。
凹凸の一つも見当たらなかったそれの一部が僅かに波打ったかと思えば、声が聞こえたのだ。
「――さすが、ですわね」
それは聞き覚えのある声であり、直後に見覚えのある姿が、その波打った場所の向こう側から現れる。
エレオノーラであった。
「ふむ、エレオノーラが現れたということは……やはりこれは汝かサティアあたりの仕業、ということであるか」
「はい、その通りですけれど……わたくしが現れたことに驚かないのですわね?」
「これが守るためのものであることに気付いた時点で、想定出来たことであるからな」
「本当に相変わらずさすがですわね。さて……初見の方もいますし、本当は挨拶を交わしたいところなのですけれど、省略してしまってもよろしいでしょうか? 残念な事に、その余裕がありませんの。色々と積もりに積もった話をすることも、含めて」
「……ん、問題ない」
「余裕がないって……まあ、見るからに何かがあったのは分かるけど、一体何があったのよ? いえ……起こってる、って言うべき?」
「そうですわね……勿論しっかり説明させていただきますわ。そもそもわたくしはその説明をするためにこうして出てきたのですから。もっとも、それほど難しい事が起こったわけではありませんわよ?」
そう言って僅かに首を傾げたエレオノーラの様子は、本当に大した事が起こったわけではないとでも言いたげなものであった。
そして。
「――ただ少しばかり、聖都が消滅しそうになっただけですもの」
そのままの様子と口調で、そんな言葉を口にしたのであった。